ひとり親家庭として再出発!!

ひとり親家庭 補助 備忘録

2010年頃もお話

【ひとり親家庭】MAMA★PAPA ちゃんねるです。

妻が別の男性のところに行き、僕は母の手を借りて大阪に帰りました。

新幹線の中で、大阪に帰って少しゆっくりしてから、また頑張りって言われたのを鮮明に覚えております。

とりあえず、急いで仕事を探さないといけない・・・

というか実は決まっていまして、東京で働いていた時の同僚が大阪に本社を構えるweb制作会社を紹介してくれたのです。

同僚は東京支社で働いていました。

もう~~藁をもすがる思いでしたので、声をかけてくれた時には、捨てる神あれば拾う神ありだなと思いましたね。

そして、東京で仕事人間だったのが、ここにきてプラス材料に働くとは思ってもみなかった(´∇`)

大阪に戻ってからは、1週間ほど転居届やら幼稚園に通えるように区役所に行ったり、いろいろ手続きですぐに時間が経過し大阪の会社で働き始めました。

そこからは、ものすごく懸命に仕事!仕事!!仕事!!!

東京の会社は、規模の大きなweb制作会社だったのですが、大阪で働き始めた会社は20人ぐらいの小規模事業者。

ただ、面白さはものすごくありました。

規模の大きな会社って、基本的には全体のある一部の業務をやり続けて、少しづつ幅が広がっていく感じなのですが、小さな会社というのはすべて自分!

もちろん、自分がどんな業務をしてて、各クライアントへの提案・納品進捗度なんかは週報で社長に報告して、そのあとミーティングを行って決まったことに基づいての行動ではあります^^

基本的には、営業先を探して、提案書を作って、提案に赴き、受注書を作成して契約締結し、社内の技術者(webデザイナー)と進捗確認をしながら、クライアントと折衝!

納品が終わると、請求書を発行して入金確認などをしてから、クライアントのwebサイトを分析して追加提案などの業務。

この会社で学んだことが、後々の独立というところに繋がっていったのだと思います。

そんなこんなであっという間に初めてのお給料をもらい、毎月どれぐらいあれば生活できるかを母と話していきました。

基本的には15万円で話が決着し、小学校の給食費やこまごました支払いもコミコミにしてくれたのはほんとありがたかったです。

ただ、制服代や塾代などは自分で何とかしてねという条件付きですが・・・(^Д^)

本来であれば大阪市内で家賃と食費、電気光熱費や給食費など・・・15万で生活なんて全くできないですからね。

もちろん大阪に戻るまでに貯金は少しありましたが、大阪に戻ってからもっともっと貯金ができ始めるとは思っても見なく・・・この辺りから少しづつ余裕のある生活が送れるようになっていきました。

離婚は絶対悪とか自己責任とか人生の失敗・汚点と思われるかもしれないですが、そんなものは自分の意識次第でどうにでもなるものだなというのが僕の答えです。

あくまでも経験・通過点としてとらえて、そこからより良く生きようとするきっかけとして捉えることだってできるんです。

周囲がどう思うかというよりも、自分がどうしたいか・・・心持ち次第だなっていうのが今の考え方です。

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